河毛 俊作(以下、河毛):
西さんと僕はほぼ同世代だから、中学入学の時、腕時計か万年筆をもらった口ですか?
西 ゆり子(以下、西):
それが、全然記憶にない。パールのネックレスは買ってもらったと思うんだけど。
河毛:
昔は腕時計か万年筆を贈られるのが大人へのファーストステップだった人が多かった。僕はSEIKOスポーツマチック5を貰った。
西:
私たちの十代は、セイコーとシチズンの時代でしたね。30代の時シャネルが初めて時計を発売したのね。レザーとメタルを編み込んだ「プルミエール」ね。自分から強烈に欲して時計を買ったのは、それが最初かな。河毛さん、今日着けておられるのは?
河毛:
カルティエです。
西:
きれいね。時計のベルトとジャケットの色が合っていて。
河毛:
この、ディプロワイアントバックル(Dバックル)がお洒落に見えたんだよね。これは古いねじ留めタイプで完全にサイズを合わせなきゃいけないから、グリーンのオストリッチのベルトはオーダーしました。最近のものは挟む方式だから微調整が利くんですが。コストがかかるせいか、最近カルティエでもDバックル仕様は減っているらしいけど……日本で最初にファッション的要素を持った腕時計は、カルティエだと思うんです。学生時代に「VAN」のお店でアルバイトをしたことがあって、そこに出入りするお洒落な人たちは、パリで買ったというカルティエの時計をしていた。そうか、そういうものかと思って、初めてカルティエを意識しました。しばらくの間、カルティエは時計ブランドだと思ってた(笑)。社会人になった1970年代後半くらいからサントスやタンクがだんだん知られてブームになってきた。
西:
若い頃「世界の一流品」の本の撮影で、このバックルの留め方がわからなくて手こずったっけ。懐かしい。
河毛:
自分にとっては、時計=機械式なんですが、機械式の時計は、21世紀には滅びていても不思議じゃなかった。たとえば光学式のカメラは、ライカやハッセル愛好家を例外として、ほぼデジタルにとって代わられた。ハイファイのオーディオ機器も、ほぼほぼ滅びました。そんななかで機械式時計だけが絶好調で生き残っているのは本当に奇跡というか、面白いと思う。
西:
マニアが支えているのかしら。
河毛:
それが、最近裾野がかなり広がっているんです。
西:
そういえば昔から機械式時計をコレクションしている人が言っていましたけど、愛好家がお互いに売り買いして、まるで株式みたいなのね。
河毛:
今はほぼすべてのものが値上がりしてます。父が1970年代に海外で買った古いロレックスのデイトナは、購入当時1000ドルだったものが、あえて数字は言わないけど、車が余裕で買える値段になっていたりする。ロレックスのスポーツウォッチ全般がとんでもなく高騰していて、傷や色落ちも関係ない。文字盤のヒビを〝スパイダーネット″とかいって珍重したり、盤面が紫っぽく変色しているのを〝パープルエイジング″とか言って喜んだり。あげくオーブンでわざわざ焼いちゃったり。普通の感覚から言ったら、もうよくわからない世界です。
西:
すごいことになってるんだ。
河毛:
古いものだけじゃなく、今どのブランドも一生懸命時計を作ってますね。西さんのおっしゃっていたシャネル然り、モンブラン然り。今はスマホもあるし、街のいたるところに時計がある。にも拘らず左腕に時計があるかないかがすごく問題で、しかもそれが機械式という……人間の、あるいは男性のDNAのなかに時を計りたい本能があるのかもしれない。腕時計が誕生してから人の生活は極端に変わったんじゃないかな。
西:
日時計の時代から?
河毛:
そう、時を計るというのは知性の第一歩、みたいな記憶が身体に刻み込まれているのかも。まあ、男性ができる唯一のアクセサリーだよね。銀行員でもアーティストでも、誰でも楽しめる。むしろバングルやらほかのアクセサリーを楽しめる人は、逆に時計をしないのかもしれないけど。
西:
ロックミュージシャンが時計してるのは、確かにあんまり見かけないような。
河毛:
キース・リチャードとか年配のアーティストは時計のコレクターがいるけどね。エリック・クラプトンのコレクションはすごい。
西:
演奏中はどうなのかしら。
河毛:
ブライアン・フェリーなんかはけっこう演奏中もしてたと思う。エド・シーランも。
西:
そこに注目すると面白そう。
河毛:
余談ですが、カナダのデパートが1950年代に勤続25年を迎えるスタッフに贈ったのもロレックスで、クウォーターセンチュリークラブと呼ばれるレアアイテムとして今も流通しています。つまり、大切な記念、友情や愛情の印とか、時計には機械自体に、ある種のロマンティックなものがのっている。
西:
機械式時計って、不思議におだてなきゃいけなかったり、機嫌を取らなきゃいけなかったり、生き物なのかなと思う時がありますね。扱う時は私たちも機嫌を見るわけですよね。このくらいかな、これ以上巻くとお腹一杯になるかな、と機嫌を見つつ、1日1回巻く。男の人たちはなおさらそれを感じているかも。それはクォーツにはない良さですね。
河毛:
男は基本、計るのが好きなんだね。車のメーターもそう。だからデジタル表示だとつまらない。
西:
河毛さんは一体いくつくらい時計をお持ちなの。
河毛:
なんだかんだ10個くらいはありますね。でも、男の時計は本当は1個でいいと思う。
西:
でも、気候を考えたら2個かしら。
河毛:
まあそうだね。革ベルトのものとブレスレット型のもの。それ以上は趣味の世界。
西:
カフスやジャケットがある場合は、薄めの時計がいいですね。あまりガツンとしたのが手首にあると、シャツの袖口とぶつかりますから。私、男性のカフスから薄型のドレスウォッチがのぞいて、しかもその手がきれいだったりすると、それだけで好きになっちゃいそう(笑)、と思うんです。でも自分は携帯を持ち始めたのと同時にほぼ腕時計を着けなくなっちゃった。
河毛:
腕時計の技術の歴史は小さいケースにどれだけ複雑な仕組みを入れるかで進んできたけれど、ここ20年くらい時計はでかくなる一方で、懐中時計並みの大きさのフェイスも増えた。ゴージャスでハッタリがきくから。でもデザインソース自体はミリタリーからですね。たとえば軍事用のパネライの時計は、ウエットスーツの上から巻くものですし、パイロットウォッチは、シープスキンの革ジャンの上からするもので、視認性も必要だからデカい。欧米人の体躯なら、ある程度のサイズでもこなせるしね。でもケースの中は今はスカスカなんじゃない? それは本末転倒な気もして。ごく最近は、また少しケースが小さくなってきて、昔のクラシックな大きさが好きな僕はほっとしてます。
西:
河毛さんは毎日時計しているの?
河毛:
なんなら家でもしてるくらい。家だと顔洗ったり茶碗を洗うこともあるから、華奢なものはしていられないけど。
西:
昔と今で時計の好みが変わりましたか?
河毛:
若い時はホワイト色が好きでしたけど、年を取ってくると、やわらかいイエローゴールドも温かみがあっていいなと思うようになりました。昔はゴールドはギラギラしたイメージもあったけどヴィンテージ物ってゴールドの色合いが柔らかくなってくるような気がして。
西:
わかります。ちょっとシャンパンゴールドに近いようなね。
じつは、私が一番好きな時計はもうヴィンテージになった古いスウォッチなんです。1万円しなかったけど、宝物なの。電池を替えながらいまだに愛用してます。フェイスもベルトもオレンジ色で、南国風なデザイン。防水モデルなのでプールで泳ぐときも着けてましたね。でもアップルウォッチは、管理されちゃいそうな感じがして食指が動かなかった。どうですか? 河毛さん。
河毛:
多分死ぬまでしないと思う(笑)。お前の血圧が、とかいちいち言われてもね。
西:
わかる! インスタの作業していると、スマホからも「休みましょう」とか言われちゃったりして。
あんまり管理されると、私はどこ?!ってなる。
河毛:
機能があまりに増えると、それはもう時計というより一つのガジェットですよね。僕は時計は別に面白くなくていい。時計の良さは、「私、時間計る以外何もできませんが、何か」だと思う。
西:
アハハハ!
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スナップキャプション
<河毛さん>
ラルフローレン(RalphLauren)のジャケットとUAのニット、カルティエのタンクのベルトのグリーンの調和が心憎いばかり。シューズはチャーチ(Churchs)。
<西さん>
エトロ(ETRO)のワンピースにトゥモローランド(TOMORROWLAND)のトップス、足元はナイキでアクティブに。
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