#M010 センスの土台は変えられない。でもできることはある。西 ゆり子(以下、西):今さら私が言うのもなんですけれど、河毛さんはまさに「格好いい大人」だと思うんです。でも、ご自分でオレってカッコいいとか悪いとか思ったことないでしょう。河毛俊作(以下、河毛):それどころか、「格好いい」という道は自分にはない前提で生きてますよ。だって、無理だよ。石原裕次郎やアラン・ドロンや長嶋茂雄を知っていたら、自分がそうはなれないとわかっているから。それに、僕はどの年代でも自分の年齢が中途半端に思えて仕方なかった。十代の半ばは大人になり切れてないし、二十歳になれば、二十五になれば何かが変わる?……と思っても、若者なんだかオッサンなんだかはっきりしない。同じように30代40代……ときてしまった。今、70になって...2023.03.27 03:00(2022)男の服と、いい時間
#M009 仕方なく着るか、着ることで物語を作るか河毛俊作(以下 河毛):コロナの影響を受けたこの3年間は、ファッションのTPOの破壊がさらに進みましたね。省エネのこともあって、もうビジネスマンもネクタイは、しなくていいじゃないか、というシリコンバレー式が深くしみ込んだ。そんな背景のなかでお洒落を楽しみたい人は自由に楽しみ、そうでない人は、結果ただただ、だらしなくなった感があります。西 ゆり子(以下 西):昔と違ってコンサートや歌舞伎のお客さんもけっこうラフな人はラフですね。河毛:それはそれでいいけど、人が誰かからちゃんとしていると思われたいなら、グレーか紺のスーツを着て無地のネクタイ締めてれば、それはひとつの記号になるという便利さがあると思う。そもそも男の服の原点は制服だと思いま...2023.02.27 03:00(2022)男の服と、いい時間
#M008 キャラクター設定としての衣装西 ゆり子(以下、西):今日は、ワードローブで「その人らしさ」「自分らしさ」をどう作り上げるかについて、お話ししたいと思って。河毛俊作(以下、河毛):シンプルにそれをやりきった人を一人挙げるなら、スティーブ・ジョブズですよね。西:確かに。あれ以上わかりやすい制服というかキャラ服はなかった。河毛:365日、黒のハイネックにジーンズの組み合わせ。あの服装には「自分はファッションなんかに気を使う暇はない」というメッセージがこめられている。西:それから、ジョブズにはものごとへの強いこだわりがあって、それがあの三宅一生の黒のニットになったのかな、という気もします。究極のこだわりとして。河毛:そこだけが唯一の美、みたいな。西:ええ、他は受け入れ...2023.01.30 03:00(2022)男の服と、いい時間
#M007 時計は無口なほうがいい河毛 俊作(以下、河毛):西さんと僕はほぼ同世代だから、中学入学の時、腕時計か万年筆をもらった口ですか?西 ゆり子(以下、西):それが、全然記憶にない。パールのネックレスは買ってもらったと思うんだけど。河毛:昔は腕時計か万年筆を贈られるのが大人へのファーストステップだった人が多かった。僕はSEIKOスポーツマチック5を貰った。西:私たちの十代は、セイコーとシチズンの時代でしたね。30代の時シャネルが初めて時計を発売したのね。レザーとメタルを編み込んだ「プルミエール」ね。自分から強烈に欲して時計を買ったのは、それが最初かな。河毛さん、今日着けておられるのは?河毛:カルティエです。西:きれいね。時計のベルトとジャケットの色が合っていて。...2022.12.26 03:00(2022)男の服と、いい時間
#M006 「素材を育てる」ファッションの醍醐味河毛 俊作(以下、河毛):今の時代、僕らはコットン、ウール、麻、シルクを当たり前に選んで着ていますが、日本は長いこと麻と絹の国でしたよね。西 ゆり子(以下、西):着物の時代が長かったですからね。綿はインドやアメリカ、ウールは英国、なんとなく国によって素材のイメージがありますね。河毛:日本では江戸時代に国策でようやく庶民が綿を着るようになったそうで、それ以前の麻の普段着では、冬は相当寒かったでしょうね。綿のおかげでずいぶん便利で快適になった裏返しで、シルクは当時に比べたらすたれてしまった。西:着物の時代ほど毎日着ないですから。でもじつは私、素材の中でシルクがいちばん好き、というか自分の身体にベストかなと思ってます。肌はアミノ酸だから、...2022.11.28 03:00(2022)男の服と、いい時間
#M005 ルーズとタイトで「カジュアルアップ」が大人バランスの掟西 ゆり子(以下、西):着こなしのベースとして、バランスに気を配っているかいないかは、お洒落かどうかの分かれ目になると思うんですね。河毛 俊作(以下、河毛):シルエットを考える時、いちばんのベースはクラシック寄りかモード寄りか。そして、モード=ランウェイには驚かせるという要素が必ずある。だから大前提として、モードってバランスが悪くてナンボなんですよね。西: そうですよね。奇妙でナンボ。河毛: 「え、ちょっと待ってよ。その提灯みたいなの着てどこ行くんだ!」と言いたくなるような。西: それがなぜかそのうち「美」に変わってくるわけよね。河毛: アンバランスの美がモードの大前提だから、バランスのいいモードというのは、言語矛盾だとも言える。現...2022.10.24 03:00(2022)男の服と、いい時間
#M004 格好いい人が持つものが格好いい河毛 俊作(以下、河毛):ブランドとは、平たく言えば屋号に過ぎないけれど、ファッションの世界では違う意味を持ちますね。本来、ブランドは〝大勢の人に売らない″ところから出発していたはず。たとえば宝石。カルティエは、『王の宝石商、宝石商の王』と称している。つまり、王とその周辺の人たちだけが買うもので、知らないヤマダさんやジョンさんには売らないものだった。西 ゆり子(以下、西):ルイ・ヴィトンにしても同じことですね。河毛:ナポレオン3世の奥さんの荷物を詰めるトランクが最初だからね。自分で運ぶものでさえなかった。だからどんなに重くても関係なくて、むしろ頑丈で中のものが壊れないとか傷まないほうが重要だった。もちろんキャスターなんかついていない...2022.09.26 03:00(2022)男の服と、いい時間
#M003 男の服は退屈なくらいでよい河毛 俊作(以下、河毛):男の世界では、流行はつまるところサイズ感だと思います。メンズの場合、特に最近は、「この形が圧倒的に流行」ということは起きないし、たとえばダッフルコート、ピーコート、トレンチコートなんかは常にあるじゃないですか。シーズンによってどれかが強めにフィーチャーされても、他が消え去ることはない。逆に言うと、これさえ着ていれば安心、というアイテムはないともいえるけど。西 ゆり子(以下、西):そうですね。たとえばピーコートは毎年どこかが出していて、ゆったりめのこともあればタイトシェイプのこともある。河毛:つまるところルーズかタイトの2つかしかない。ただ、メンズの場合、永遠にその中間にジャストサイズというのが存在する。それ...2022.08.22 03:00(2022)男の服と、いい時間
#M002 男が「色」を使うとき西 ゆり子(以下、西):日本の男性たちのベースカラーは、紺・グレー・白だと言っていいと思うんだけど、どういうときに「色」を身に着けようと思うんでしょう。河毛 俊作(以下、河毛):少なくとも明治以降、第二次大戦が終わるまでは、男がファッションの表現として色を使う発想は日本にはなかったと思います。プライベートな服装は実は和服で、その色も紺、灰色、濃い茶色がほとんど。西: 背広もそうですよね。河毛: 対極にあるのが、たとえばルイ十四世の肖像画は、すごく派手な格好をしているでしょう。絶対王政時代は着飾ることが政治だったから。男も化粧をしてかつらを着け、権力を誇張する。西:確かに。女性より派手ですね。白ストッキングに、珍しい動物の毛皮つきの刺...2022.07.25 03:00(2022)男の服と、いい時間
#M001 自分時間の夏ジャケット西 ゆり子(以下、西):河毛俊作さんは長年の仕事仲間であり、私にとって“センスの師匠”のような存在。このレッスンはいわば河毛さんの特別ゼミで、ずばり大人の男性がどうしたらカッコよくいい感じになれるか聞いていきます。私自身も聞きたいことがいっぱいあります。河毛さん、ここ数年の猛暑で、男性の夏服もひたすら楽な方向に向かってますね。河毛 俊作(以下、河毛):身も蓋もなく言ってしまえば、今の服装は何でもありの時代だから、特に暑い時期はスエットにビーチサンダルでも驚かなくなった。僕自身、たまさか自由業に近い立場ということもあって、普段の仕事着は今日みたいに軍パンにTシャツだったりする。その対極にあるのがスーツとかジャケットだけど、最近はビジネ...2022.06.27 03:00(2022)男の服と、いい時間