#M017 時間が経った「良いもの」だけが出せるニュアンスを愛したい


西 ゆり子(以下、西):

私たち、ファッションの基礎を「学ぶ」ということはなかったですよね。


河毛俊作(以下、河毛):
今と違ってファッションの体系的な情報もなかったしね。

西:
そうね。そのなかで、なぜこれはいい、あれはダメ、と判断したのかしら。

河毛:
子ども時代を思い起こすと、うちの父は外では背広に帽子だけど、家でくつろぐ時は着物で、日常に洋服を着るオーソドックスはまだなかった。

西:
私の母も眠る時は着物でしたね。

河毛:
それなのに、近所の洋裁店では「パリ・モード」を謳っていたりして、よく考えるとおかしな話でした。洋服を日常に着るルールがないところに、いきなりやれAラインとかトラぺーズラインとかのパリモードが入ってくる。

西:
すごい「にわか」よね(笑)。あの時代母たちは自分で服を縫ったり、洋裁店であつらえたりしてた。

河毛:
女性のお出かけ着を近所の人が作るっていう。今は考えにくいですね。

西:
デパートにもイージーオーダーのコーナーがあって、私もたまに作ってもらいました。案外きちっとしたシャネル風スーツみたいなのも作ってた。

河毛:
うちの父も、昔ながらのテイラーで仕立てたちょっとダブッとした背広を着てました。イギリスもナポリもごちゃ混ぜにしたような、日本独特のスーツでした。そういう、作り手自身が生半可で海外モードを再生産するようなカルチャーへの反発心が自分にはありました。

西:
なるほどね。

河毛:
だから、中学生になってVANの服が売り出された時は、初めて既製服をちゃんとわかる人が作ってる! と。日本流の洋服を見慣れた眼には、じつにフレッシュに感じました。

西:
そうでしたよね! サイドベンツの上着が登場したりして。

河毛:
おふくろの手編みのセーターよりも既製服のVANのセーターがカッコいい、欲しい、と初めて思った。

西:
わかります! もしかして河毛さん、彼女に手編みのマフラーとかもらった口かしら?

河毛:
その記憶はないけど(笑)。

西:
周りで好きな人のために一生懸命編んでる友達がいたけど、私が男なら絶対欲しくないと思った。

河毛:
手編みのセーターは小学生の頃着てましたけどね。うちは色数を非常に絞ってほぼ紺・グレー・白、ときどき赤。ケーブル編みで、今思えば悪くなかった。

西:
それならいいじゃない。うちはいろんな色の入った毛糸があるでしょう。メランジっぽいの。田舎臭くて好きじゃなかった。

河毛:
あれは今見るとノスタルジックでなかなかいいけどね。そういう「もっさり」からの脱却がファッションへの第一歩だったかも。

西:
アイビーはセンセーショナルでしたから。

河毛:
その頃は男がファッションにうつつを抜かすのは軟弱で不良でよろしくない、ピンクのシャツなんてとんでもない、という意見が多数派。エレキギター持ってたら不良、の時代ですから、どこかコソコソしていました。

西:
男の人たち、街でよくVANの紙袋を手で抱えていたなあ。

河毛:
みゆき族ですね。僕たちよりワンジェネレーション上の、今80歳くらいの人たちですね。

西:
みゆき族は、また少し違うのよね。あれにはそこまで憧れなかったけど。

河毛:
みゆき族は、ちょっとやりすぎた感もあるけど完全なアイビーですね。

西:
VANが大人気になった頃、JUNも出てきたでしょう?

河毛:
創立はVANが先ですが、大ブームになったのは両者ほぼ一緒だったと思います。

西:
なぜかVAN 派とJUN派に分かれるんですよね。

河毛:
JUNはVANとの差別化をはかってだんだんヨーロピアン寄りになっていった。僕自身も高校生くらいからはちょっとヨーロッパに傾きました。日本のアイビーは最初みゆき族の不良ファッションだったけど、あんなに早々と世間に受け入れられた理由は、そもそも体制側のファッションだから。日本の大人たちには、アメリカのエリート大学生への憧憬が強くあった。文武両道のイメージというか。体育会の学生は、今にいたるまで全員IVYでしょう。

西:
ブレザー着る系ですものね。

河毛:
その体制的な感じがちょっといやになって。それにJUNは当時広告クリエイティブが非常に優れていたんです。たとえばリチャード・アヴェドンを起用したTVCMで、スーツに山高帽で髭を生やしてオールバックにした細身の女の人がどんどん服を脱いでいって髭も外して……、というのがありました。今なら当たり前の発想だけど、トランスジェンダーの概念もない時代でしたから。おお、こんなこと考えるんだ、と思いました。

西:
JUNは都会的な感じがしましたよね。

河毛:
そんな感じでヨーロッパに憧れつつも、本当のベースはアメカジだったりするから、自分自身わかりづらいけど、洋服の基礎を学ぶきっかけはやっぱりIVYだったと思う。そのルーツはブリティッシュであり、イギリスの服を換骨脱胎したのがフランスの服なのか、とか、だんだん地図が広がっていった感じです。

西:
成人してからは?

河毛:
インポートへの入り口という意味では「アルファキュービック」。メンズは置いてなかったけど、そもそもサンローランリヴゴーシュを日本に作ったのはキュービックの柴田良三さんだから、影響を受けました。レノマも、アルマーニもごく初期のころは柴田さんが目をつけてインポートを始めた。

西:
最初に入ってきたジョルジオは、ツータックでダボっとしたパンツだけど落ち感がきれいだった。

河毛:
アンコンストラクテッドスーツは、イギリスの服とはまったく違う雰囲気で新鮮でした。

西:
私は働き始めてからは、ずっとデザイナーズブランド派で、ビギなんかよく着ていました。菊池武夫さんがデザインしていて、わりあいオーソドックスでした。当時代官山はDC系の本拠地でね。

河毛:
ニコルのロンTで、細かく文字が入ってるの流行りましたね。

西:
懐かしい! あれは流行りましたねえ。

河毛:
僕はレノマやサンローランをよく買っていたな。入社の時、スーツはキャンティの川添梶子さんがやっていた「ベビードール」で作ったんです。

西:
わあ、すごく目立ったんじゃない? 入社の時にスーツをオーダーするっていう発想がすごい!「ベビードール」は、名前は知っていても謎めいてる。写真もほとんど出回っていないし。

河毛:
わりあいオーソドックスな店だったと思います。竹山公士さんというデザイナーと相談して作りました。その後竹山さんは渡米してジュエリーなどを撮影する静物フォトグラファーになられたそうですが。

西:
河毛さんのファッションルーツには、ファッション以外のカルチャーもすごく感じるのよね。

河毛:
だとしたら、それは結果的に、でしょうね。長い時間のうちに澱のようにたまったものであって、最初から服を通じて文化を学ぼうとか思ったわけじゃない。でも、〝それって言ってしまえば〇〇だろ″、というような根幹の部分を考えるのは楽しい。たとえばサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」は、完全にプレッピーな世界の話なんです。主人公は16歳。マーククロスのスーツケースを持ち、ツイードのジャケットを着てジャズに詳しくてジントニックを飲むような生意気な高校生。学校をさぼってて落第しそうな問題児だから、エリートの枠組みで生きてきたにもかかわらず、同類のアイビーリーガーをひどく嫌ってる。「タッタ―ソールのベストを着た、鼻持ちならないアイビーリーガーが」みたいな一節が出てきます。つまり、日本人が手放しに憧れていたアイビールックは、ある種のアメリカ人にとってはエリート風を吹かせる嫌みの象徴でもある。映画『大逆転』でも、アイビーリーグ出身のウィンソープが登場するシーンは、素晴らしいアイビースタイルで性格は嫌みこの上ない。だからといってアイビーが嫌いになるわけじゃないけど、ファッションを通じてそういうことがリアルに伝わるのは、全く背景を知らないよりも少し面白いじゃないですか。

西:
デザイナーにしても、なぜこういうデザインになったか、実はその人のルーツに理由があったりしますものね。

河毛:
かといって、ヴィスコンティの映画までいっちゃうと、憧れるけれど時代も違うし、絶対ああはなれないし、その場にいられたとしてもバリバリ人種差別に遭うだろうし。ヨーロッパのすごい時代の深い世界みたいなものは、深掘りしていないです。

西:
本当には知り得ない世界というか……。

河毛:
そういうものはそっとしておこう、埃っぽい本の中とスクリーンの向こうだけにあればいい、と思ってしまう。だからそれほど海外に行きたくないし、外国人の友達も切実にほしいとは思わない。本やスクリーンの中に大勢いるからね。ある種怠け者の人生ですよ。

西:
好きなことだけをやりきるのは最高じゃないですか。

河毛:
好きなものが多いということは、その分お金は使うばっかりということですよね(笑)。

西:
アハハ。でもその積み重ねが河毛俊作を作ってるし、それこそいい澱がちゃんと出てるわ! 河毛さんの一言は、後ろにあるいろんな貴重な要素が入った言葉だから、私はいつも目が覚める思いがする。

河毛:
無駄なもの、無駄と思われるものが実はね。

西:
それが心を打つのね。

河毛:
服や小物で、良いもので時間が経ったもの、たとえば今日しているマフラーにしても、ラベルの、このヤレかたとか、色のバランス、よく意味が分からない紋章なんかが醸し出す宇宙みたいなものが好きなんですね。そういういい方はアレですが、そういう感じはユニクロでは出ないじゃないですか。物がいい悪いではなくて、求めるものが違うから。

西:
このマフラーみたいなニュアンスは求めていないからね。

河毛:
服も30年経った時にどうなっているか、ですからね。何十年も共に生きられるか。今日履いているエドワード・グリーンの靴も30年近い。そろそろ修理に出さないと。ヤレても、水を吸っても、自分と一緒に歩いてきた感じがするから。

西:
河毛さん自身は当たり前すぎて意識しないかもしれないけど、その革底がちゃんと呼吸して、どれだけの恩恵を与えてくれていることか。いいものを長く着ることは、いい食べ物と同じくらい河毛さんを健康にしてくれていると思う。身体は分かっていると思う。

河毛:
そうかもしれませんね。

西:
それに、根源を知るのはやっぱりすごく面白いと思う。大根だって、土の中にできるのか空中になるのか、わかりたい。服の素材やデザインも理由があるから。若い人もそれを知れば、自分がどの服を着たらいいか答は見つかりそうだと思います。

河毛:
大量生産大量消費の社会の仕組みに乗りすぎると、やはり人生はつまらなくなるんじゃないかと思う。今思えば、いやがっていた母親の手作りとか近所の洋裁屋のおばさんの世界に存在した豊かさはやっぱりあって。そこから脱却したかったけど、今はああいうものも悪くないと思う。最近の日本のメンズファッション界を見ていても、あまりマスな感じではやりたくない人が増えている。若い人たちには、「あなたたちの時代も、そういうものを目を開いてちゃんと探せば探せるんじゃないですか」と言いたいですね。

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<河毛さん>

バトナ―のニットにプラダのツイードのコートをゆったりはおって。パンツはサージのさりげない光沢が新鮮なカルーゾー。温かみのあるエドワード・グリーンのスエードシューズは30年近い付き合い。落ち着いたトーンを重ねながらも、バティストーニのピンクのマフラーでハッとさせる河毛さんらしい冬支度。


<西さん>

イタリアのブランド19.70のシャツに薄手でジャストサイズのニットを合わせて全身バランスはIライン。赤と白のブルガリのタイは、しばらく息子さんに貸し出し中だったが、本日は着こなしの主役に! スカートはコムデギャルソン。鮮やかなマフラーはイギリスで出会ったもの。コートはSINME。

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着る学校(校長・西ゆり子)

着る学校は、「スタイリング=着る力」を学ぶコミュニティ(登録無料)。『着るを楽しむ!着る力が身につく!』をコンセプトに、様々なレッスンを通じて、おしゃれの知識や情報を知ることができます。現在、5,600人以上の女性が登録。洋服を楽しむのに年齢は関係ありません。人生100年時代、私たちと一緒におしゃれをもっと!もっと!!楽しみましょう。

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