#M009 仕方なく着るか、着ることで物語を作るか


河毛俊作(以下 河毛):

コロナの影響を受けたこの3年間は、ファッションのTPOの破壊がさらに進みましたね。省エネのこともあって、もうビジネスマンもネクタイは、しなくていいじゃないか、というシリコンバレー式が深くしみ込んだ。そんな背景のなかでお洒落を楽しみたい人は自由に楽しみ、そうでない人は、結果ただただ、だらしなくなった感があります。


西 ゆり子(以下 西):

昔と違ってコンサートや歌舞伎のお客さんもけっこうラフな人はラフですね。


河毛:

それはそれでいいけど、人が誰かからちゃんとしていると思われたいなら、グレーか紺のスーツを着て無地のネクタイ締めてれば、それはひとつの記号になるという便利さがあると思う。そもそも男の服の原点は制服だと思います。それはなぜか。味方と敵をはっきりさせる必要があるからでしょう。軍服やスポーツウエアも同じですし、学校制服はひとつのスクール、ひとつの教育方針に賛同している証。そうしないと人間は、仲間の見分けがつかないからだと思うんです。


西:

ドラマのスタイリングも、ある時代まではこの職業だからこの服、と記号化しやすかったけど、コロナ以降はリモートも増えて複雑になったのよね。


河毛:

変な話、ギャングや不良もお揃いの服を作りたがる。お揃いのスカジャンとか、法被とか。「オレたちは〇〇だぞ」と衣服で主張する。これは、古くは赤穂浪士や新選組から渋谷のチーマー、カラーギャングまでえんえんと続けてきたことですね。


西:

やっぱりチーム性は大事なのね(笑)。


河毛:

大事ですね。俺たちは仲間だ、というホモソーシャルなものの象徴として男性ファッションは続いてきた気がする。それが人間の一つの特性なのかも。

話は違うけど、動物は同じ種の個体同士は争うけど集団同士はめったに争わない。動物は服を着ないからかな。


西:

そうか。みんな同じ柄だもんね。


河毛:

敵味方の見分けがつかない。


西:

敵は自分と違う格好のヤツ、ということですか。わかりやすい。


河毛:

ホントかどうかわからないけどね。自分自身についていえば、死んだ記号、かつて記号だったものには惹かれます。たとえば古着のバーシティジャケットとか。ある時代これは誰かの記号だったんだな、っていう。ミリタリー好きも同じことだと思うけど、僕のヴィンテージ好きの核心はそのあたりかも。でも、現在形の記号には手が伸びない。


西:

それはなぜ?


河毛:

なぜだろう。つるみたくないのかもしれません。昔、自分のドラマのチームでも、さんざんスタッフジャンパーなんか作ったくせに、いざ着るとなるとどうも気持ち悪くて。


西:

わかります。スタッフ皆がいるところで着るのはいやなの。でも素敵なデザインなら、一人の時には着たい。


河毛:

そう。だから意味がない(笑)。学生時代も、スクールカラーのネクタイは嫌だった。身元がばれるのも抵抗があった。なのに古いコンサートTシャツとか、何の意味もなさない昔の記号は買いたくなる。ファッションの死体蒐集癖?


西:

自分のじゃなく、昔の人が使ってた記号。


河毛:

だって、今レジメンタルタイを締めてる人でその連隊に属してる人なんか、一人もいない(笑)。かろうじて今残ってるのは運動部くらいでしょう。


西:

TPOってある意味記号なのかもね。


河毛:

まさに記号だよね。結婚式はこう、お葬式の時はこう。色や形式も定まってるから面倒がない。その通りにやることが悪いことだとは思いませんね。自分で考えて答が出なければ、それに従っておいた方がいいよね。


西:

周囲にもわかりやすい。あれはお祝いなんだ、悲しみの場なんだ、と。儀式以外のTPOなら、海外の方がメリハリがありますね。夕方から出かける時は必ず着替えるし。時間帯と場所をわきまえて切り替えるのが得意な気がする。日本は「仕事帰りですみません」と言えばなんでも許されちゃうのが少しつまらない。


河毛:

仲のいいカップル二組が、それなりのお店で夜食事するような時、昔は暗黙の了解として、双方ちゃんとした服で雰囲気を楽しみましょう、なんなら女性は美容室で髪をセットして……みたいなことがあったと思います。その常識が今や古臭いものになり、ジーンズとニューバランスだっていい、そんな空気になった。ただ、その場合はそれなりに素敵に見えていないとよくないよね。


西:

そのあたりがメンズファッションの奥義かもしれません。デニムにスニーカーで「今日はジャケット着てネクタイの気分」の人と同席した時、全然違うけどお洒落度は揃ってる、という。


河毛:

それはメンズではあり得ることですね。


西:

世の中、ジーンズで行ってもいいけどドレスでもいい、みたいなシチュエーションは確かにあって、女性の場合自分ひとりがカジュアルだとちょっと居づらい気持ちになったりする。そこがメンズとレディースの違いよね。メンズは奥にあるお洒落度をはかってもらえるけど、女性の場合とってつけたもので判断するから。


河毛:

あるコラムで読んだ話ですが、裕福なアメリカ人がイギリス貴族の別荘に招かれた。自分以外のゲストはみんな貴族らしい。何を着ていけばいいかファッションに詳しい人に尋ね、「キツネ狩りにはこれこれ、夕食の時はタキシード……」と教わったとおり取り揃えて別荘に行った。朝食に、聞いていた通りジャケットを着てタイを締めて食堂に降りたら、他の招待客は全員Tシャツとショートパンツだった、というオチ(笑)。しきたりに合わせようと頑張っても、当の貴族は今どきそんなことしてなかったりする。もちろんこのコラム自体が作り話かもしれないんだけど。


西:

「大富豪あるある」ですよね。けど、Tシャツに短パンでも、ネクタイ締めたアメリカ人と同等の品格があったのかもね。


河毛:

エレガントな人は何をやってもエレガントという……。


西:

そう! そのうえ、ひとりだけ毛色の違う格好の人を気まずくさせない包容力もあったりするのよね。でもね、私はある程度TPOはふまえているほうがいいかなと思う。知って、それを本気で一回やってみると意外と快適かもしれない。長い間、人が使って生き残ったドレスコードだから。崩すのはいいけど。


河毛:

知らないと崩せない。その意味でも、個がしっかりしていることが今まで以上に大事ですね。僕は個としてとてもだらしないので大変なんですけど。


西:

またまた(笑)。


河毛:

世界中が経済的に細ってきているせいか、日本の男性も記号としてのジャケットと、記号としてのセットアップが最低限あれば……とどんどんお洒落から遠ざかっていく。昭和のサラリーマンの方が、お洒落に正面から挑んでいた気がする。昔、昇進するとお仕立券付きのシャツ生地を贈る習慣があったけど、最近見かけない。デパートに持っていくと同クラスなら自分の好きな生地に換えてくれるんだよね。だから、特別にお洒落な人じゃなくても、洋服は仕立てるものだという考え方はあった。


西:

若い人には、ワイシャツ1枚でもいいから、いっぺんちゃんと自分のサイズ感のきちんとした服を着てみてもらいたい。


河毛:

今、全員が化繊のセットアップの中にTシャツ着てスニーカー。ただのどうでもいい服装になってる。あれを一回やめてみるといいんじゃないかな。


西:

服がだらしないと社会もゆるみが出てくる。


河毛:

女性も、悪い意味でジェンダーレスになってる感じがする。みんながみんな昼でも夜でも太いパンツにゆるいトッパー、マフラーぐるぐる巻き、みたいな……。というのも、先日クロード・ルルーシュの「男と女」を見直して、アヌーク・エーメの衣裳が素晴らしいのに感動したんだよね。役どころは富裕層でもなんでもなくって、スタントマンだった夫を事故で亡くしたスクリプター。黒いニットにごく普通の丈の黒いスカート、高くも低くもないヒールを合わせたり、ブルージーンズにシェアリングコートとか。ミッドセンチュリーから1980年代くらいまでのフランス女性のお洒落って素晴らしい。


西:

そこそこ身体の線も出てるんだけど、普通で素敵なのよね。私も先日、三菱一号館に絵を見に行く時にタイトスカートを選びました。誰に見せるわけではないけど、美術館にちょっとだけ背筋を伸ばしに行こうかな、という気持ちで。


河毛:

ファッションは極私的楽しみですから、これから先、生活として仕方なく服を着るのか、それとも服を着ることに一つの物語を求めるのか。それは自分だけの物語でいいんじゃないかと思うんです。Tシャツに短パンでも蕎麦は食えますけど、僕はたぶん蕎麦を食うということを、自分だけの文学、短編小説にしたい。「ミシュランの星100個もらってます」みたいなレストランなら、逆に何でもいいけど、蕎麦屋とか洋食屋、町場の寿司屋だからこそ。どんなにいい酒でも、紙コップで飲んだらうまくない。それと同じで、着るもので蕎麦の味が変わるはずだと思う。


西:

私も、自分がそこにいる景色、ワンシーンを想像していますね。あとは相手がいれば相手へのリスペクトね。本来は誰もが持っている感性だし、「真夏の蕎麦屋に麻ジャケット」を10回繰り返したら、きっと何かが変わると思う。気恥ずかしくても、やってみることが第一歩じゃないでしょうか。忘れかけてる楽しみの世界があることを思い出せるんじゃないかな。


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2月3日、4月7日に、河毛さんが監督を務める映画『仕掛人・藤枝梅安』『仕掛け人・藤枝梅安 ㊁』が連続公開! 

http://baian-movie.com/

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スナップキャプション

<河毛さん>

トム・ブラウンのシャツにMITTANのニットを合わせて。パンツはパルマ近郊ソラーニャで1958年から営まれるCARUSOのもの。靴はウエストン。蜂蜜のようなカラーのGUCCIのコートを羽織って。


<西さん>

ちょっと懐かしくて新鮮なあずきカラーのニットはTAE ASHIDA。パンツは「109っぽいショップで偶然の出会い」だそう。コートはPINKO。靴はナイキ。ラコステのニットキャップで仕上げました。

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着る学校(校長・西ゆり子)

着る学校は、「スタイリング=着る力」を学ぶコミュニティ(登録無料)。『着るを楽しむ!着る力が身につく!』をコンセプトに、様々なレッスンを通じて、おしゃれの知識や情報を知ることができます。現在、6,000人以上の女性が登録。洋服を楽しむのに年齢は関係ありません。人生100年時代、私たちと一緒におしゃれをもっと!もっと!!楽しみましょう。

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