西 ゆり子(以下、西):
今日は、ワードローブで「その人らしさ」「自分らしさ」をどう作り上げるかについて、お話ししたいと思って。
河毛俊作(以下、河毛):
シンプルにそれをやりきった人を一人挙げるなら、スティーブ・ジョブズですよね。
西:
確かに。あれ以上わかりやすい制服というかキャラ服はなかった。
河毛:
365日、黒のハイネックにジーンズの組み合わせ。あの服装には「自分はファッションなんかに気を使う暇はない」というメッセージがこめられている。
西:
それから、ジョブズにはものごとへの強いこだわりがあって、それがあの三宅一生の黒のニットになったのかな、という気もします。究極のこだわりとして。
河毛:
そこだけが唯一の美、みたいな。
西:
ええ、他は受け入れられないという。
河毛:
あそこまで行くと、もはや殉教者とか宗教者の領域ですね。私服のことを一切考えなくていい人生。僕はそこまでストイックになりきれないけど。
西:
確かに、衣食住って言いますが、ひとつでも欠けると私なら人生つまらないと思っちゃう。
河毛:
伊丹十三さんは若い頃からものすごくお洒落でしたが、晩年ずっとチャイナ服でしたよね。後で聞いた話ですが、非常によい生地できちんと仕立てられていて、同じようなデザインのものが何着もあったそうです。自分にわかる微差はあるけど、他人にはいつも同じ服を着てると思わせる。他者に強烈な印象を残すから、自己演出としてはアリですね。
西:
ドラマなんかでは、まさにその手法を使うことがありますね。
河毛:
ドラマのなかの服という話になると、まず大きく2つに分かれると思います。作品の目的の一つに、綺麗な女優さんが美しい衣装をとっかえひっかえして、それを観る人に楽しんでいただくという発想があるかないか。
西:
スタイリスト目線でも、そこが一番気になります。起承転結のドラマ性が最優先か、それともモードを美しく着こなす女優さんが主軸で、そこにストーリーがついてくるのか。
河毛:
新人時代、あるスター女優さんのドラマで演出助手についたんです。ヒロインが数百万円のお金を返済できなくてすごく困っている場面なのに、総しぼりの着物にエルメスのバッグを持って長屋から出て来ちゃう、みたいなことが本当にあった。
西:
あはは(笑
河毛:
商業演劇的な発想のドラマだと、そういう不思議な状況があったりする。若い頃はそういうことがすごく気持ち悪かったけど、“それはそれ”という考え方もあるんだよね。
西:
確かにそうですね。私がプロデューサーの山口雅俊さんに言われたのは、映画ではそれはやらないけどテレビはそれでいい、と。私の中ではそれはあり、ということで脳内変換しました。
河毛:
ドラマでは、大きな嘘はついていいけど、小さな嘘はつかないほうがいい。ファッションに関することは小さな嘘の部分なんですよね。だから自分が演出するなら、お金持ちの奥様役がベルベットのスカートはいてる的なステレオタイプはいやだな、と。そんな服装の人、今どきいないから。基本、ドラマの中でもごく普通の服をカッコよく着るのが好きです。
西:
ドラマが描くのは日常ですものね。
河毛:
だから変な言い方をすると、演出家は趣味の悪さも熟知しているべきです。
西:
「センスの悪い近所のおばさん」を作らなきゃいけないこともありますからね。
河毛:
その世界も極めると面白い。「ナニワ金融道」のドラマで小林薫さんが演じた桑田は、主人公のメンターでもあり、明るいキャラクターで結構えげつない金貸しです。実際の小林さんはポール・ハーデン(PaulHarnden)なんか着こなして、とても趣味がいい方なんです。でもこのドラマが進むにつれて衣裳はどんどんエスカレートして、ついに衣裳さんが赤に黒のヘビ柄の合成皮革を持ってきて「これで桑田のスーツ作りましょうか」と(笑)。コートも丈を極端に長くして襟にファーを付けたり、ほとんど「ワイルド・アット・ハート」の世界でした。どれだけ危険な服を着せられるかという意味で面白い経験だった。でも西欧に比べて、日本のドラマはリッチな人のファッション描写がまだまだ難しいところがあります。
西:
そうですね。なかなか差が出ない。
河毛さんと一緒に手がけたフジテレビ「ギフト」はファッションがテーマではないのに役者さんがハイブランドを着こなしている画期的なドラマでした。
河毛:
木村拓哉さんが演じる「由紀夫」のグッチ(GUCCI)のスーツは、室井滋さん演じる社長が与えたユニフォーム。本人が着たくて着てるわけじゃなく、社長が由紀夫のことをどこかペットのように思っている。そういう関係性があの服選びにこめられている。当時木村君は25歳くらいでしたが、グッチがとても似合って素敵でした。
西:
木村さんのスタイリングは私ではなかったのですが、女優さんたちのスタイリングを担当させていただきました。
キャストの中では室井滋さんがいちばん派手でカラフル。KENZOとか着ていただいた記憶があります。小林聡美さんは占い師という特殊な役柄だったから、少しクセのある黒っぽい服でしたが。倍賞美津子さんは刑事役だから華美にはできないけど、あの美しい骨格やボディラインが生かせるシンプルできれいな服にしたかった。当時の日本の服では使いたいものがなくて、マックスマーラ(MaxMara)で一生懸命説明して、これ以上ない!というパンツスーツを着てもらうことが出来ました。木村さんがシンプルで綺麗な服を着てくれていたから、こちらも合わせやすかったところはありましたね。
河毛:
「ギフト」みたいなテーマのドラマは、ある意味いちばん服で遊べるかもしれない。通常のリアリティと、世界が別のところにあるから。
西:
今年の2月公開の河毛さん監督の新作映画「仕掛人・ 藤枝梅安」を試写会で観させていただきました。素晴らしかったです!この映画の衣装についてはいかがでしょう。
河毛:
和服のルールから極端に逸脱しないようにしながらも、天海祐希さんの紫の着物なんかはすごくモダンな柄だったり、羽織がコート風だったり、洋服選びのテイストをさりげなく取り入れてます。
西:
梅安の豊川悦司さんの旅姿も、普通の外套とちょっと違って素敵だった!
河毛:
あれは僕がマカロニウエスタンの影響を受けている表れですね。
西:
なるほど!
河毛:
クリント・イーストウッドのマントみたいな。イメージに近い、丈が長めの道中合羽を豊川さんに着ていただきました。池波正太郎さんの原作の梅安は黄八丈に黒羽織。今回着てもらってる着物も、黄八丈の一種です。僕自身初めて知りましたが、いわゆる町娘ふうではなく、ギンガムチェックとかガンクラブチェックみたいな渋いものもある。
西:
黄八丈といっても色々あるんですね。
河毛:
時代劇作品は、すべて着物だから同一視しがちだけど、たとえば黒澤明監督の「影武者」なんかは、甲冑や陣羽織がタイトというかコンパクトだし、色も赤や黄色が強烈です。あの頃、時代劇をいかにハリウッド的なものにアップデートするかを考えていたんじゃないかと思う。それは僕が時代劇を撮るときにやはり思うことですね。伝統的な枠組みからどうはずれていくか。
西:
はずれることで新鮮さがあって、それで違和感がないのが一番いいですね。
河毛:
劇中で一番まずいのは、「今そこで着てきたでしょ」と思われちゃうこと。
西:
服が板についてないということ?
河毛:
そう、「今そこで衣裳さんが着せたよね」風に見えちゃうというか。自分の服になっていない時。
西:
私、雑誌とアーティストの世界を経てドラマの仕事を始めたでしょう。前の2つは、「それじゃシューティングに入りま~す」となって初めて着替えるんです。でもドラマは「おはようございます」って現場入りすると、半数くらいの主演女優さんが衣裳に着替えちゃうことに驚きました。特にキャリアが長ければ長い人ほどそう。スタイリストとしては、服のシワ大丈夫かな? とも思ったけど、回数を重ねるうちに、ああ、この方はメイクして衣裳も着けることで役柄に入っていくんだ、役者さんってすごいと思いました。そこが、服自体を見せるモデルさんとの違いでもある。ちょっと寄ったシワもむしろ自然で、河毛さんの言う〝今着せられた感″はなくなるんです。
河毛:
高倉健さんのスタイリストをされていた人によると、一着の背広で立つシーン用とすわるシーン用の2着を用意していたそうです。
西:
まったく同じ色柄で?
河毛:
ええ、それは高倉さんの見え方へのこだわりだったと思います。フランス映画の巨匠、ジャンピエール・メルヴィル監督は、「仁義」の寡黙でカッコいい主役の刑事に、ブールヴィルという、日本でいうと渥美清さんみたいな喜劇役者をあえて起用した。で、撮影が始まる前に監督は役者を仕立屋に連れて行って、上等なスーツを2着作らせて、「撮影に入るまでこれを毎日着てくれ」と言ったらしい。西さんの話にも通じるけど、そのひと手間と時間で、役柄らしくなっていく。戦争を知らない若い人に軍人役を頼むなら、先に軍服を渡して何日かそれで生活してもらうと演技が違ってくるかもしれない。「敬礼」や「気ヲツケ」に合った体の動かし方がありますからね。
西:
機能がはっきりした服は特にそうですね。
河毛:
着物の裾さばきなんかもそうですが、衣裳が所作に連なっていく。逆にニート役の子がいくらジャージ着てても、妙にシャキッとしてたら不自然じゃないですか。そこには内側からにじみ出る生活感が必要だったりする。
西:
ドラマをよりリアルに感じさせるのが衣裳だからね。
河毛:
まあ、あえてシーンに逆らう衣裳プランを探るのも嫌いじゃないけど。
西:
わかります! 「きらきらひかる」で監察医役の鈴木京香さんがラーメン食べて河原に行く場面にフェンディ(FENDI)の毛皮のコートを選んだら、河毛さんは「全然いいんじゃない」って。この監督ちょっと変わってるなと思った(笑)。でも見事にハマってくれて、ドラマってけっこう自由でいいんだ、って目から鱗でした。河毛さんに巡り合っていろんなタガがはずれた。
西:
河毛さん自身のワードローブは? お会いするたびに、「似合ってるな~」「キレイ」って感激する。毎日着るものはどう決めるんですか?
河毛:
その時の気分です。久しぶりにネクタイしたいな、って手に取って、そこからなんとなく合わせていったり。
西:
目的地に着いてから今日失敗した、なんてことはないですか。
河毛:
いや、あんまり空気読まないから(笑)。僕がどんな服着ていようと、大勢に影響ないじゃないですか。
西:
いやいや。現場でスタッフは河毛さんの頭からつま先まで見てますよ。
河毛:
まあ、衣裳さんとかは多少見ているかもね。
西:
で、みんな少しずつ影響を受けてセンスが磨かれたと思います。だって監督の服装を見たら、あんまりな格好では来れないんじゃないかしら。
河毛:
俳優さんには「どこのですか?」って聞かれることは何度かありました。
西:
ラルフローレン(RALPHLAUREN)のダウンで地面にすわってた時なんか、スタッフは凝視してましたよ。
河毛:
だって地面にすわらないと仕事にならないから。
西:
自分のことを言えば、もしフォーマルなパーティに行くことになっても、園遊会みたいな完璧さではなくて、自分の生きる背景をどこかに反映したい。ルールギリギリのところで、何かしらふっとずらしたり、気が抜ける感じ? そのほうが自分自身がそのシーンで楽しめるんです。服ってやはり私自身を表現するものだから。でも時折間違えて買っちゃって、自分らしくない時もあるのよ。それを自分らしく着こなすように、努力しする。
河毛:
失敗したと思って3年くらい放っておいて着ると、結構よくなったりする。不思議だよね。
西:
秋にジルサンダー(JilSander)の黄色いスカートでやらかしたの。ベルトはほぼしない人なのに、ベルトが主役のスカートだったから、2回着て今寝かせてます。でも、返品しないし後悔もしない。好きで買ってるんだから、料理のしかたは見つかるんじゃないかと思ってる。反対に、ある時コムデギャルソンを愛する女優さんにすすめられた黒のワンピースは、試着室で確かに似合うと思ったけど、オーソドックスな服を小気味よく着るのが好きな自分とは、路線が違った。結局お茶飲んでからお店にお断りに戻りました。迷う時は、自分がなりたい5年、10年先の自分にその服がマッチするか考えるようになりました。
河毛:
自分を体現してるファッションがあるとしたら、究極はブルックスブラザーズ(BROOKSBROTHERS)のボタンダウンシャツと、ラコステ(LACOSTE)のポロシャツかな。オックスフォードや鹿の子生地って白だけどクールなだけじゃなく、ややざらっとした手ざわりで温かみもある。それにグレイフランネル(GRAYFLANNEL)のパンツ。グレイも無機質で冷たい色であると同時に曖昧さもある。曖昧さの中にフランネルの起毛感が温かみや優しさが加わる。曖昧さと温かみ、それが人間だと僕は思ってるから。だからかれこれ50年以上も着続けているのかもしれません。
西:
世の中の男性がみんな河毛さんの思想で服を着てくれたら、とつくづく思いますね。人の存在感自体は強いけど、服がそれより前に出ることがない。
河毛:
ファッションはデコラティブになればなるほど、着ぐるみに近づいて、素材とか、服の中の人を消していきますよね。
西:
誰が着てても一緒になってしまう。そぎ落として素敵に見えることこそが、私たちの旅の目的地ですね。
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2月3日、4月7日には、河毛さんが監督を務める映画『仕掛人・藤枝梅安』『仕掛け人・藤枝梅安 ㊁』が連続公開!
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スナップキャプション
<河毛さん>
トム・ブラウンのシャツにラルフローレンのセーター。コーデュロイパンツのアクセントにクロムハーツのキーチェーン。シューズはオールデン。オレンジのダッフルコートはエルメス。
コーディネートは、その日いいと思ったアイテムを中心に自然に出来上がるが、気が乗るとクローゼットで夜更けの試着大会になることもあるそう。
<西さん>
カナリアイエローのモスキーノのコンパクトなジャケットに、ミニマルなシルエットのドリスヴァンノッテンのスカート。ソックスはヴィヴィアン・ウエストウッドであえてワンポイントを内側に。シューズはVEGE。眼鏡はmEeyyeのクリアフレームでひとひねり。
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