#M006 「素材を育てる」ファッションの醍醐味


河毛 俊作(以下、河毛):

今の時代、僕らはコットン、ウール、麻、シルクを当たり前に選んで着ていますが、日本は長いこと麻と絹の国でしたよね。


西 ゆり子(以下、西):

着物の時代が長かったですからね。綿はインドやアメリカ、ウールは英国、なんとなく国によって素材のイメージがありますね。


河毛:

日本では江戸時代に国策でようやく庶民が綿を着るようになったそうで、それ以前の麻の普段着では、冬は相当寒かったでしょうね。綿のおかげでずいぶん便利で快適になった裏返しで、シルクは当時に比べたらすたれてしまった。


西:

着物の時代ほど毎日着ないですから。でもじつは私、素材の中でシルクがいちばん好き、というか自分の身体にベストかなと思ってます。肌はアミノ酸だから、同じアミノ酸であるシルクがしっくりくる。しかも織り方しだいでオールシーズンいけるの。シルクオーガンジーの夏物のパンツは、脚に貼り付かないから超快適ですよ。冬は、シルクのステテコ。暖かいし、肌の乾燥も防いでくれる。


河毛:

メンズファッションと素材を考えると、西さんがおっしゃった通り、イギリスといえば羊毛です。男の服は突き詰めると羊毛と綿なんですよね。

少し話がずれるけど、男の服が歴史上最も成熟したのは1920年代から30年代にかけて。ルイ十四世スタイルの名残が消え、劇的にスーツが取って代わった。ファッションが上層から下層に寄っていく好例です。映画や昔の写真を見ていても、グレート・ギャツビーやウィンザー公の時代の男がいちばん格好いい。帽子を被ってスーツをちゃんと着ていて。遊びもあって堅さもあって。


西:

そうね! ’74年版の『華麗なるギャツビー』は、今見てもレッドフォードから脇役に至るまで、男たちのファッションが本当に素敵で惚れ惚れします。男性の服はラルフ ローレンが提供しているんですよね。


河毛:

素材にまた話を戻すと、あの時代の人たちは、服が重かったと思うんです。トム・ブラウン(ThomBrowne)がブルックスブラザーズ(BrooksBrothers)で「ブラックフリース」のラインを手がけた時、昔のアーカイブに近いものを作ったんですが、それがめちゃくちゃに重かった。あの分厚いウールを背広にして縫っていたテイラーの技術も凄い。どんなミシンだったんだろう、と。


西:

昔の生地はとてつもなく厚いですよね。


河毛:

冬はウールの下着を着て、あの分厚い背広を着てシャツを着てネクタイ締めてさらにオーバーコート。


西:

コートも重いし……着るだけで筋トレになりそう。


河毛:

親父の昔のコートとか本当に重かったですからね。それが当たり前だったわけで。一言で言うと昔の人はお洒落だよね。


西:

耐えることもファッションの一部というか。


河毛:

あの頃が究極の形だとして、今は「いかに楽か」が素材選びの基本になった。特にイタリアの背広が登場して変わりました。


西:

生地が軽い感じがしますよね。


河毛:

縫製も違う。イギリスの背広は縫い方が鎧。


西:

結局、トム・ブラウンは買ったんですか?


河毛:

買いました。アメリカントラディショナルの原型をアップデートして再現してみたという感じで、重たいけれどもしっかりして悪くない。


西:

手で持った重さと着た重さとは違いますか?


河毛:

うん、着てしまうと意外に気にならないです。重い服の良さってあるけど、それでも重さや面倒臭さとの闘いはないわけじゃない。ライダースやショット(Schott)のボマージャケットを新品からクタクタになるまで着るのは、相当なエネルギーだし。今日着てきたバブアー(Barbour)は、長い間にワックスが抜けてクタクタですが、これくらいになれば着心地がよくなる。イギリスの服は、どれもそこまで行くのがすごく大変。


西:

セーター1枚でもそうですよね。シェットランドセーターやオイルドセーターなんか特に。カシミアはその点、全行程楽しい。値段と相談ですが、長く楽しむなら何回も紡ぎなおした痩せたカシミヤではなく、出来ればニューウールというか生命が長そうなものを買って、10年15年着続けて最後は部屋着にするところまで付き合います。


河毛:

着古したカシミアは、部屋着には最高ですね。


西:

本当に好き。ただ、外着にするとなると、古い服って日本人だとなぜか汚らしく見える。


河毛:

根本的な洋服の似合い方の問題もあるよね。イギリスのチャールズ新国王の使い込んだ古い背広には、共布の「つぎ」があったりする。これは「チャールズ・パッチ」と呼ばれて有名ですが、つぎあて=貧しいというイメージではない。むしろその方がエレガントであるという考え方が根底にあります。オルガ・ベルルッティ(OlgaBerluti)も「靴下は繕うものだ」と言っている。クラスがあるイタリアの男は、靴下を自分で繕ったらしい。


西:

私も気に入っているカシミアのセーターのちょっとした穴や虫食いなんか、全然自分で繕います。


河毛:

加えて、彼らはめったに服を洗わなかったんじゃないかと思う。日本人は「汚い!」ってなるけど、その文化の違いは大きい。


西:

確かにウールは水に濡れても含まれている脂で弾くから。パンパンとたたいて干せば、元の形に戻る。


河毛:

ウールは生き物、というか動物だね。ウール文化の人たちは、基本汚なさと共存してる。だからコロンをつけたり、せめてカラーだけは外して洗ったり。オイルドセーターなんか漁師さんが船の上で着るから塩水がかかってビショビショ。でも多分、洗濯はしなかったでしょう。重衣料に関しては絶対に。


西:

そうだと思います。


河毛:

日本ほど暑くないし湿度も低いから、小説のなかでも、夏にツイードの上着を着ていたりする。そのツィードの上着も、しばらく雨ざらしにしてから着るもんだ、買ってすぐの新品着るのはダサいと言われたり。イギリス貴族は、いわば田舎に領地を持つ人だから、ツィードを着て毎日色んなことをしていたでしょうね。作業見廻りとか乗馬とか。多分雨にも濡れたりして自然にグダグダに……堅さが抜けちゃったツイードって、すごくいいもんですよね。結局、いい素材とは「育てられる素材」だと思うんです。


西:

心から賛成です。


河毛:

消費する服か育てる服か。流行目線だけで服を見ると、素材を育てる感覚は鈍ると思うんです。今どきはブランドがご丁寧に革もデニムも経年変化させて売っているけど。


西:

「石で洗っときましたから買ってください」みたいなね。それが嬉しいかどうかはよくわからない。


河毛:

まあ、そういう俺自身も結構そういうの買っているからね。


西:

河毛さんは私よりちょっと年下だからいいけど、これから育てるって大変よね。


河毛:

育った頃には死んでるかもしれない(笑。


西:

半ば育ってるやつを手に入れた方が楽ですね。


河毛:

だから、若い人はぜひ今から一生懸命育ててほしい。つまり何を言いたいかというと、服を買う時はそういうつもりで、10年先を見て買うかどうかみたいなことだね。俺はそういう選び方が性に合ってるけど、世界の現状を見てるとそうじゃないなと思う。


西:

でもメンズファッションの原点は、そこでしょう。靴だってレザーソールだからこそ裏を貼り替えられるし、足がちゃんと呼吸できる。


河毛:

確かにいい靴はちゃんと底を貼り替えると甦ります。結局、服は育てる「気概」みたいなものがないと、着こなせるようにならないんだよ。


西:

なるほど。「気概」ね!


河毛:

そう。若い子でスタイルも良くて背も高いのに背広が似合わないことってあるじゃない。


西:

なぜ?……って人いますよね。


河毛:

居心地が悪そうに見えるのは、背広を着ることが嫌だから。仕方なく着てるんだよ。


西:

楽しんでないってこと?


河毛:

うん、でも職業とか毎日着る必要の有無にかかわらず、男は背広が似合ったほうがいい。


西:

賛成!


河毛:

忘れられないカッコいい素材づかいがあって、料理屋で「出会いもの」って言いますよね。夏の鱧と秋の松茸とか。イタリアで見かけた男の人が、まさにそれだった。ホテルのプールサイドに落葉が舞い始める時期で、その人は短パンにコードレーンみたいなジャケットを着てるんだけど、そこにカシミアのセーターを巻いているわけです。とても粋でした。


西:

素敵! 私はアロハシャツにカシミアのVネックのセーターを着ていたりするのもすごく好き。ふっと秋風が吹いたときに、本来ミスマッチなはずのカシミアがぴったりで、なんかもう素晴らしいって思っちゃう。季節と季節が重なるほんの短い期間の素材のお洒落ですね。


河毛:

いっぽうで最近、化学繊維が良くなったという侮れない事実がありますね。デザイナーが新たな生地を生みだしたり、生地を作ることがデザインの根底になったり。グローバルならアルマーニが代表的ですし、国内ではVisvimの中村ヒロキさんはすごい。民族衣装や日本の染物とかからヒントを得たりしてアメカジに落とし込んだり。


西:

リース先ででブラウスなんか触らせていただくと「あら、これはどっち? シルク?」って本当に分からないことがあります。


河毛:

すぐ乾く、水をはじく、汚れに強い機能性の素材も高級ラインナップで見かけるようになった。アウトドアブランドのモード化は必然で、それはエレガンスの根本的な意味が変わったからですね。1920年代は、エレガントな人=何もしない人だったけど、百年後の今はハイソサエティでも自分で何でもできる人がエレガント。突っ立ってると侍女がなんでもやってくれる「素敵な奥様」はアウト!、となんにも出来ないジジイは思うわけですよ(笑)。それに今はどんなモードの服を着ても、スマートフォンがないと自分の頭脳の一部が欠落したような意識になる……まあ一種の依存症ともいえるけれど。それゆえ女の人の服でもポケットがマストだったりiPhoneケースのストラップが復権したり、ペットボトル入れがあるとか、アウトドア要素がモードにすごい勢いで流れ込んできた。


西:

そういう時代だとしたら、それをいかに美しく着ていくかも一つの課題なのかも。


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スナップキャプション

<河毛さん>

バトナ―(BATNER)のベビーウールのニットカーディガンの上に長年愛用しているバブアー(Barbour)のジャケットで。


<西さん>

S Max Mara(SMaxMara)のブルーコート、MARCJACOBS のオレンジニットに、ESEENTIEL のサイドラインパンツ。色と素材の競演♡

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着る学校(校長・西ゆり子)

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